判例(H6.9.8)
弁護人若松芳也の上告趣意は、違憲をいう点を含め、その実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
なお、原判決の是認する第一審判決の認定によれば、京都府中立売警察署の警察は、被告人の内妻であったAに対する覚せい剤取締法違反被疑事件につき、同女及び被告人が居住するマンションの居室を捜索場所とする捜索差押許可状の発付を受け、平成三年一月二三日・右許可状に基づき右居室の捜索を実施したが、その際、同室に居た被告人が携帯するボストンバッグの中を捜索したというのであって・右のような事実関係の下においては、前記捜索差押許可状に基づき被告人が携帯する右ボストンバッグについても捜索できるものと解するのが相当であるから、これと同旨に出た第一審判決を是認した原判決は正当である。
++解説
一 本件は、被告人が覚せい剤約三三〇・八五グラムを営利目的で所持したという事案において、右覚せい剤が違法収集証拠であるとしてその証拠能力が争われたものである。すなわち、右覚せい剤の発見押収の経過は、捜査官が、被告人の内妻に対する覚せい剤取締法違反被疑事件につき、同女及び被告人が居住するマンションの居室を捜索場所とする捜索差押許可状の発付を受け、右許可状に基づき右居室の捜索を実施した際、同室にいた被告人が携帯するボストンバッグの中を捜索し、本件覚せい剤を発見したことから、覚せい剤営利目的所持の被疑事実により被告人を現行犯逮捕するとともに、逮捕の現場における差押えとして右覚せい剤を差し押さえたというものであり、右捜索差押手続の適法性が争われたものである。
二 本決定は、本件場所に対する捜索差押許可状によってその場所に居住する被告人がその場で携帯するボストンバッグについて捜索できるかとの争点につき、これを肯定した一、二審判決を是認する旨の職権判断をした。
三 本件のような場合における捜索の適否に関する最高裁の判断はこれまでなく、下級裁の裁判例としては、場所に対する捜索差押許可状によってその場所で生活していた者がその場から持ち出そうとしたバッグにつき捜索したことを適法としたものがあり(京都地決昭48・12・11本誌三〇七号三〇五頁、判時七四三号一一七頁)、学説も、通常そこにいる人の所持する物については、「その場所にある物」として捜索差押えの対象になるとするもの(山本正樹・同志社法学二六巻四号七六頁)、捜索場所に居合わせた者の携帯する手提げ鞄等について、もともと捜索場所にあった物と認められるものであれば捜索の対象として差し支えないとするもの(田宮裕編著・刑事訴訟法Ⅰ三七六頁〔青木吉彦〕)など、肯定的見解が目につく。
なお、場所に対する捜索令状によって捜索場所に居合わせた者の身体の捜索が許されるかについては、多くの見解があるが、下級裁裁判例は、一定の条件の下でこれを肯定しており(東京高判平6・5・11本誌八六一号二九九頁等)、学説も同様の見解が有力である(島田仁郎・新版令状基本問題五七四頁)。
四 本決定の理由としては、① 捜索場所の居住者は、被疑事件又は被疑者となんらかの関係があって差押えの目的物を所持しているのではないかとの疑いを抱かせるものであるから、その者の所持品につき捜索する必要性は大きいこと、② 人が携帯するバッグ等の捜索は、例えば上着ポケット内の財布等身体に密着させて所持する物の捜索と異なり、これを携帯する人の身体の捜索を伴うものではなく、あくまで当該物の捜索にすぎないから、これを捜索することによる権利の侵害は身体の捜索の場合に比較して小さいといってよいこと、③ 捜索場所の居住者がその場でバッグ等を携帯している場合には、右バッグ等は未だ捜索場所から離脱したものではないと見ることが可能であり、これらを捜索場所にある物と同一視して捜索場所に含ませて考えても不合理と思われないことが挙げられよう。